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今回は、連載第2回でも取り上げた「読譜力」について、更に詳しくお話を伺うことになりました。

>>前回までのお話し

―読譜力という言葉自体をあまり意識していない人が多いのではないでしょうか。

あまりどころじゃなくて大半の人が意識してない(笑)。だけど譜面をしっかり読む力がついてないまま大きくなると、難しい曲に当たった時にすごく大変なことになるの。

あのね、私の周りにいる若い人に聞いたらね、音符を覚えた記憶がないっていうの。

―音符を覚える?

ええ、つまり覚えることに苦労した記憶がないっていうの。音大出た人ってほとんどそう。皆さんはどう?

―暗譜っていうことですか?

暗譜じゃなくて、読譜。

―ああ、確かにないですね。気がついた時には楽譜を見て弾いてました。

ね。知らない間に音符と音の名前が一致してるの。早い段階で音感と知識が一緒に動き出してるの。ところが今私が教えている生徒さん達は、曲を耳で覚えたケースが圧倒的に多くて、譜面が読めないの。

―え、そうなんですか。

今の日本ってすごく雑音が多いでしょ、駅に立っていても、お店に入っても、TVのコマーシャルにしても、聞きたくない音までいっぱい入ってくるじゃないですか。

―携帯電話の着信音なんかも、あちこちで耳にしますね。

日常生活の中で、耳から入る雑音が多すぎるの。特に小さい子の場合は、こういう環境に置かれている時間が長すぎると、読譜する忍耐力がなくなって楽譜が読めなくなる原因のひとつになるかもしれない。例えばメトードローズの後半なんか簡単に弾ける小学生1年生くらいの子が、ドレミが読めないの。すごくいい手で弾くんだけど、暗譜で聞きかじりで弾いてるから音符が読めない。楽譜見せるともうシドロモドロになっちゃうの。そういう現象が今あちこちで起きてるのよ。

―知らなかった。そうなんですか。

それから、音符は読めるけど音楽が読めない状態で大人になっちゃって、弾くのは何とか弾けるけど深読みができないという状態の人が結構多いですね。私、そのひとつの原因のひとつはCDやレコードの聴きすぎにあると思う。

―CDを聴きすぎるのはよくないんですか?

だって出来てしまった既製品を聞いてるわけでしょ。そうすると例えばAという演奏家が四分音符を付点四分音符でとったり、二分音符を四分音符でとったりという時間の操作をしてもね、音符が読めてないからそれでいいんだと思っちゃう。根本的に音符の価値観がわからない状態で弾いてしまってる。でもそれだと、そのAという演奏家のクセを真似してることになるわけ。自分で自分の音楽を表現すればいいんだから、誰かの弾いた演奏を真似る必要はひとつもないの。自分で譜面をきちっと読んである程度音を出して弾けるようになって、どうしても壁に突き当たってしょうがないっていう時だけ聴けばいいの。 

昔私が演奏会で、ほとんどレコードも楽譜もない曲を演奏したの。10通りも20通りもスタイルが出来上がっている曲を弾くより、自分のスタイルで自分の解釈で演奏するのはどれだけ楽しいか。批評家には見た事も聴いた事もない曲をどうやって批評したらいいかわからないから、私の演奏会の批評を書くのがとても大変だって言われましたけどね。

それから、考えなきゃいけないのは、楽譜には作曲家の言いたいことが50%しか載ってないということ。残りの50%は楽譜の後ろに書いてあるんです。だから「レントゲンをかけてください」と。これ口をすっぱくして言ってるんだけど、なかなか面倒くさがってレントゲンかけない人が多いんです。

―時間と根気がいるんですよね。

そうなんです。

―それよりもまず、弾く事がまず大変というか。(笑)

いや、弾きながら読むという両輪ができないとダメなんですよ。二本のレールだから。

―難しい(笑)

弾きながら読む、読みながら弾く。一番大事。常にそれをやらないとダメなの。でね、問題はまだあるんだけど、テンポをすぐ速くしたがるの。これは日本人のクセかもしれないけど。フランスの先生がね、速い演奏を10回弾くのと同じ効果が上がるのが、ゆっくりの1回だって。なのに指導する先生の方もすぐ「早くインテンポで弾いて暗譜してらっしゃい」って言うじゃないですか。それはちゃんと楽譜が読めてから言って欲しい。生徒だけでなく、指導者にもエネルギーと忍耐力が必要なんですよ。もうひとつ、パリで身についたこと。「黙読」です。朝晩2回、指を動かさないでじっと譜を読むこと。これはものすごく大切ですが集中力がないとできない。でも効き目はバツグンです。やってみてください。

―子供たちが、明らかに違う曲想を選択した場合、そのまま弾かせてあげるべきでしょうか?

「それはその作品にふさわしくない」って言ってあげないといけないわね。「そのニュアンスがその曲には合わないから他の作品で使ってみましょう、その時まで捨てないで取っといて」ってね。

―ああ、なるほど。

悪くても捨てちゃいけないの。これはこの曲に合わなくても他の曲に合うかもしれないから、自分の引き出しの中にいっぱい詰め込んで持っておいて、随時曲にあわせて引っ張り出してあげないといけないの。だから簡単に捨てないで。

―私も以前、一度ダメといわれて、大学の時まで使わなかった事がありました。

悪くても何で悪かったのかっていうお手本になるから、残しておきたいのね。じゃないと、同じ失敗を二度してしまうの。自分の欠点見るのは辛いけど、いろんな事で失敗したところは全部覚えてなきゃ。そして、時間か経ったらもう一回手をつけて、どうして失敗したんだろうって後で反芻しないといけないのね。
で、その時に一番頼りになるのが譜面なんですよ。同じ譜面、同じ曲なのに全く違う風に読める時が来て、その時に「あ、私って少し譜面を読む力が出てきたかな」ってわかるのね。だから私、今教えてるアマチュアの生徒さんにはね、1〜2ヶ月前に弾いた曲を、どんどん弾き直してもらってるの。そうすると必ずどこか一箇所スルスルっと弾けるようになってる所があるのよ。そうやって限りなく譜面にレントゲンをかけて、いろんな物をキャッチできたら、後の技術面以外は自分で何とかできると思う。

 

―ところで先生、レントゲンのかけ方がよくわからないんです(笑)

はい。それを、これからいいますね(笑)。
「楽譜を読む」ということは「音楽を読む」ことなんですよ。一番悪い例はね、「音符」を読んでるけど「音楽」を読んでないということ。それでは音符の粒つぶを読んでるだけで、曲全体に全然繋がりがないし意味もないの。作曲家というのは、必ず意味があって音符を書いてるんですね。意味のない音符なんてひとつもないの。シャープひとつフラットひとつにしてもね。その曲が何調で始まってるのか?それも必ずその曲にふさわしい調で始まってるの。そこまで作曲家と相談して弾けるといいんだけど残念ながらそれはできないから、作品と対話することで作曲者と対話することになるの。そこで「なんでこう書いてるの?」「どうしてこの音にいくの?」と作品に問いかけてみるの。そうすると「16小節後に転調したいからココで前出ししてるんですよ」って向こうから言ってくれるかもしれない。これを私は「予感」って呼んでるのね。

〜予感する〜

―「予感」ですか。

そう。この「予感」は、作曲者と演奏者にしかわからないの。だけど譜面をよく読んでいる人ならばわかるんですよ。次にあの音に行きたいからこの音を延ばしてるんだな、とかね。演奏者はそれを予感して勉強していくの。

楽譜を読むということを、一枚の大きな布を織るように考えていくといいわね。一枚の布は、タテ糸とヨコ糸を織りながらできてくわけ。メロディーとかハーモニー、リズムなどいろんな要素を織り交ぜながら。まずそこで伴奏なのかメロディーなのか副旋律なのか、全部メロディを重ねた物なのか、和音の移動なのか、等をよく見極めるの。たとえば和音で動いてる曲があったら、それをある時は縦に聴き、ある時は横に聴くの。聴音の時みたいにね。するとある声部は上がり、ある声部は下がり、という動きが見えてくる。和音自体をドンと弾いて終わりじゃなくて、中声部がどこに行くから次で転調になってるか、なんて事を意識するの。

―その見つけ方が・・・

きっかけを見つけるのが大変ね。導音を見つけるのは割と楽でしょ。それからみんな一番上の旋律線と伴奏はわかるんだけど、その二つの脈絡が見つけられないのね。メロディはメロディ、伴奏は伴奏。そういう風に考えないこと。アンサンブルをやる時には、相手の音が今自分の弾いてる中でどの辺にふくまれてるか。そこをちょっと意識して弾いてあげるだけで、ソリストがものすごく活き活きと弾けるの。

―自分ひとりで弾く時も、アンサンブルと同じように考えるんですね。

そう。そうやって共鳴してあげればメロディーがもっときれいに響くし、伴奏の部分もエネルギーを使わなくても綺麗に響いてくるんです。

〜イメージする〜

それでさっきも言いましたけど、譜面というのは50%で未完成品だということ。だから残りの50%はレントゲンをかけて譜面の後ろ側まで探求しなければならないんだけど、その時にイメージが出ない人が多いんですよ。

―それが難しいんです。(笑)

音から色を感じませんか?音色、音質。

―感じる時と感じない時が・・・

例えば、モーツァルトのあるメロディをタンポポの色に感じた、夕方弾いてみたらスミレ色になっていた、それでもいいんです。感じるか感じないか。でね、私がタンポポって言っちゃうとタンポポじゃなくちゃいけないと思う人がいるの。だからなるべく言わないようにして、「お花なら何?」「果物なら何?」「景色ならどういう風なの?」って誘導していくんだけど、それでもほとんど言えないのね。「何でもいいから色で言ってみて」「朝か昼か夕方か、言ってみて」「四季なら春なのか夏なのか、夏なら夏の朝なのか、カンカン照りの昼なのか、夜なのか、どんな感じがする?」そうやって誘導しないとイメージが出てこないの。私はテレビの見すぎが原因だと思う。
あのね、私の芸大時代に試験でショパンのバルカローレを弾いた事があったんだけど、その時譜面の中に「これは男性の言葉」「女性の恋の言葉」なんてあちこちに書き込みした事があったの。そしたらね、その譜面を安川先生がご覧になって「ふふっ」って笑ってらしたのよ。「まあ」とかおっしゃってね。(笑)

―セリフか何かを書き込まれたんですか?

そう。だって「舟歌」っていうのはベニスのゴンドラでしょ、ということは男女の愛の語らいなんですよ。ゴンドラに乗った船頭さんがカンツォーネ歌いながら、二人の恋を祝福してあげてるんですよ。恋の歌でいいわけ。だから男性がこう問いかけたら女性がこう応えて二人でデュエットして、なんて事を楽譜の中に具体的な言葉で書いちゃったの。(笑)いや、笑われましたね。後にも先にもあんなに笑われたの初めて。(笑)

―(笑)なるほど、そういう風にしてイメージしていくわけですね。

そう。ひとつのヒントからいろんなことをイメージしてほしいのね。静かな波の立っていない湖の水面に石をポトンと落とすと、わーっと波紋が広がるでしょ。あの波紋のようにイメージを拡げて欲しい。ひとつひらめいたら百歩くらい先までひらめいてほしいの。
私、いつも思うんだけどね、建築って平面図から始まるじゃない?設計士っていうのは平面図で立体図を思い描きながら書いてるわけよね。この楽譜も平面図という建築なんですよ。立体的にどの部分が土台でどの部分が柱で、と考えていくんです。

〜物語性を持つ〜

それからもうひとつ大事なことは、物語性を持つということね。これはフランスの先生から教わったんだけど、「曲はある程度弾けるようになったら、codaから弾け」って。ラストに8小節のcodaがあったら、その8小節全部を弾くんですよ。そうするとそのcodaがどうあるために、その前の、a’の部分がどう書かれているのか、そしてそのa’があるために、その前のbがどう書かれているのかがわかるの。作曲家は全部わかって書いてるんです。ちゃんと計算して作ってるわけ。考えたことある?

― ・・・多少(笑)

どんなにシンプルな曲でも起承転結があるんです。ドラマと同じね。ここで何を表現してもいいのよ。自然であっても人間の心であっても絵であっても、何でも構わない。要するに「ラ」って弾いたら「ラ」の意味しかないんじゃなくて、「ラ」にどういう意味があるのか、その「ラ」が次にどういう意味を伝えるために、この「ラ」が置かれているのか、ということを考えるの。ほとんど作曲者と同じよね。ただ作曲者と譜面を通してしかお話ができないでしょ、だから「レントゲンをかけなさい」と。どんなにシンプルな曲でも起承転結があるんです。ドラマと同じね。ここで何を表現してもいいのよ。自然であっても人間の心であっても絵であっても、何でも構わない。要するに「ラ」って弾いたら「ラ」の意味しかないんじゃなくて、「ラ」にどういう意味があるのか、その「ラ」が次にどういう意味を伝えるために、この「ラ」が置かれているのか、ということを考えるの。ほとんど作曲者と同じよね。ただ作曲者と譜面を通してしかお話ができないでしょ、だから「レントゲンをかけなさい」と。

―アタックしてるのに、フラれてばっかりなんですけど(笑)

それはアタックが足りないの(笑)

―なかなか両想いになれない(笑)

向こうまでどんどん行ってね、地球の裏側に出るまで掘り下げるの、執念で(笑)。そうすると、だいたい向こうにいるから。私いつもそう思ってる。いないのはね、自分の掘り下げ方が足りないだけなの。だから「こうかな?」ってたどり着くまでやってみるの。人間一回でやるのは限度があるんですよ。それで、何回も何回も、時には何年か時間を置いてやってみる。そうやって繰返すことで掘り下げ方が少しずつ違ってくるの。広くなって、深くなって。同じ譜面を使ってるのにぜんぜん違う曲に聴こえるんですよね。だから発見があるのね。その思考を働かせないで弾いていると、いつも同じだからつまんない。

〜共鳴させる〜

そして最終的に必要なのが「共鳴させる」ということなんです。すでに出した音に、次の音を共鳴させる。出してしまった音にはニュアンスをつけられないから、出す前にニュアンスを考えて付加価値をつけて音を出さなきゃいけない。出した音に次の音をどう共鳴させるか。あるいは共鳴させないでぜんぜん別の世界として出てきても構わないんだけど、どういう関連性があるかということを考えて弾かないといけない。みんな長い音を一度弾いてしまうと耳がキャッチしなくなるんだけど、例えば左手に全音符があって右手にいろいろメロディが乗っかってるとするでしょ。何故この左手の音を伸ばしてるのかというと、お互いに共鳴してるからなの。響きを倍音の感覚でダブらせるとすごく楽になるのに、これをやらないからうすっぺらい音楽になってしまうの。
それから音を聴いてない人が多いですね。自分で出した音は自分で始末しなくちゃ。一音一音に対して、そのモチーフの尻尾はアップで終ってるの?ダウンで終ってるの?それとも肯定文で終ってるの?クエスチョンマークで終ってるの?感嘆詞で終ってるの?あるいはまだ文章の途中なの?という風にね。こういう要素をその音符や譜面から読み取って想像してほしいのね。そうするともっと、ものすごく面白くなってくるのよ。
今回の話だけでは、よく理解できない点も沢山あると思います。これは、私の実体験から出たことですので、きっと反論もあると思います。次回の「指導者のためのピアノレッスン」の折、どんどん意見を言って下さい。きっと何か新しい事が実感できると思います。

 

きちんと楽譜を読んで弾いていたつもりが、先生のお話を伺っているうちに掘り下げ方が全く足りないことに気がつきました。「なんとなく」わかって弾くのではなく、作曲家によって緻密に計算された細部の骨組みまできちんと理解して弾くことの大切さを、あらためて認識しました。この読譜力については、2月に行われる第3回「指導者のためのピアノレッスン」の中でも取り上げていただきますので、興味のある方はぜひご参加くださいね。

(※第3回指導者のためのピアノレッスンは終了いたしました)

 

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