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>>前回までのお話し

それともう1つだけ、どうしても言っておきたいことがあるの。 さっき、ロシア音楽には絵画的な要素がたくさんあるっていうお話をしてたけれど、それに関連することね。まず、目が譜を読みます。そうするとその情報が脳に行くのね。で、そこから確認の命令が出るのね。例えば「ドの音を右手の人差し指で弾け」とかね。で、ここからが大事なんだけど、この命令は直接鍵盤に行かないの。途中にハートがあるんです。ここでいろんな情景とか心象風景とかのニュアンスが加わる。これがプラスされて初めて指に命令が行くんです。ところが、ほとんどの人がこのハートを経ずして鍵盤に行っちゃう。で、音を鳴らしてから、何か入れようとする。でもね、ピアノは鳴らした後ではどうしようもないんです。これがヴァイオリンだったらビブラートかけたりクレシェンドしたり出来るんだけど、ピアノは一度打鍵したらそれが最後なのね。後からは何もつけられない。だから弾く前に、このハートの部分が入ってないといけないの。例えば、春のお日様をたくさん浴びたタンポポのような黄色の音が欲しい時には、そのイメージの音が出るまで打ち直せばいいわけでしょ。それが練習なの。弾いちゃってからタンポポをイメージしても、もう遅いのよ。 ピアノという楽器は絵画的だから、すごく絵が必要。それから文章も。なのに今の人は文章力がないのね。感性の部分が欠けてるの。ここがすごく大事なんだけどね。たぶんTVの見すぎなのね。

―TVは全部受け身ですからね。

受け身だと、自分から発想して書くことがなくなっちゃうの。だからレッスンの時に、「この1ページで誰がどんなことをしゃべってる?」って聞くと、言葉が何にも出てこないの。それも20代30代の音大卒業した人が。「なんとなくわかるけど、具体的に出てこない」って言うんですよ。

―ああ、でも私もそうですね。なんとなくわかるけど、出てこない。

それから情景描写なんかも絵に属するんだけど、例えばラフマニノフは、自然をものすごく愛した人だったから、散歩をしながら、林の音や水のせせらぎの音、教会の鐘の音など、とにかくいろんな音を聴いていたのね。それが一つ一つパイ生地のように積み重なって、あれだけの音楽になってるの。だから彼の音楽は、大きな木があって枝があるとすると、この木の枝にまとわりつく若芽のように弾け、っていうの。枝っていう太い芯棒があって、それにまとわり付く材質が、例えば絹だったり、木綿だったり、透けるジョーゼットだったりね。充填的旋律法(ポドゴロースキー)っていうんだけど、これがラフマニノフの音楽の特徴ね。

それとね、ピアノというのは空間芸術なのね。一度音を放出してしまったら、二度と元の音へ戻れないし、鍵盤の中にもう1回戻すなんて事もできないでしょ。だからこの空間の中で目いっぱい伝えないといけないんだけど、この「空間」を意識してない人が多い。これはフランスでよく言われた事だけど、「鍵盤のそばで自分の音楽を処理するな」って。その部屋のいちばん遠い所に自分の音を当てて、そこからはね返ってきた音で自分の音楽を判断しろ、って。空間を意識してないと、そんなこと出来ないんですよ。・・・やっぱりピアノは楽器の王様だけあって、一人でやる事が多いわよね。大変なのよ。

 

―小さなお子さんって、いろんな可能性を秘めていて、レッスンをするのがとても難しいと思うんですが、佐々木先生はどのようにレッスンされてますか。

あのね、今、やっと数字が1から10まで数えられるようになったばかりの4歳の男の子をみてるのね。30分間のレッスンなんだけど、来るとまず二人で体操するのよ。左足だけで立つ、右足だけで立つ、水平にする、とかね。それからオモチャの太鼓を首からぶら下げてスティックで代わりばんこに叩いたり、1・2・3って叩いたり。その後絵本を3冊くらい持ってきてもらって、絵本を全部説明してもらうの。「これ何?」「クマさん」「クマさん何してるの?」「ラッパふいてる」「クマさんどんなお洋服着てるの?」「きいろいふく」とかね。何故こんな事をするかというと、演奏するには色彩感覚が必要だから。音色っていうでしょ。つまり音の色ね。それから音質。この2つがなかったら演奏家になれないの。だからこの2つは小さい時から芽を摘まないように発達させてあげないといけないの。それでまず絵を見て物語を作ったり、おしゃべりしたり、色を見たり絵を描いたりするのね。それに楽器を打ったりカスタネット叩いたり。もう30分なんてあっという間なの。最近非常に正確に太鼓が打てるようになったから、それに合わせて私が即興で伴奏を弾いてあげると、もう喜んで叩くのね。こんな風にやる事っていっぱいあるのよね、限りなくあるの。

―どこに視点を当てるかによっても、やる事が全然違いますよね。

違いますね。私ね、これは私のモットーでもあるのだけれど、例えばみんな同時にスタートしても、才能には個人差があるし、芽が開く時期にも個人差があるでしょ。

―教える事と、先生自身が上手に弾ける事とは、また別ですよね。

別ですね。だから名演奏家が名教師とは限らないのね。教えるだけでも素晴らしい生徒をいっぱい育ててる人もいるし。ただ、苦労した先生の方がいいわね。自分を研究し尽くしてる人の方がね。 安川先生はね、私達が習っていた頃は、何にも教えて下さらなかったの。何もおっしゃらないのね。ご自身の演奏活動が一番お忙しい時だったから、私達のレッスンなんて飴をしゃぶりながら聴いて「そう。もう1回やってきて。」って。どこが悪いからもう1回、なんて何もおっしゃらない。「いいんじゃない。」って言われたらそれが上がったって意味。褒められる事なんて、ほんとに一年に一度あるかないかなんですよ。

―具体的なことは何もおっしゃらないんですか。

おっしゃらないの。だから自分の演奏をテープに入れて聴いたり、メトロノームをかけてゆがみを直したり、とにかく自分で出来ることを全部やらないといけない。それはそれでいいと思ったの。でもパリに行ったら、ものすごく丁寧なんですよ。手取り足取り、指の一音一音や角度まで教えてくださる。で、今度モスクワへ行ったら、そんなのはもう全部出来てて当たり前だった。だから曲の背景にある物語や、ロシアの生活風景などを全部話してくださるの。そこからヒントを得てニュアンスを足していくわけ。1回の私一人のレッスンのために、先生は5時間作って下さるから、リサイタルのプログラム2夜分の曲を持っていかないとダメなの。その5時間を3日間続けて。3日続けて5時間ですよ。もうげっそりしちゃうの。
三者三様よね、安川先生は何もおっしゃらないから全部自分でやるクセがついた。パリの先生はこと細かに導いてくださった。モスクワの先生はもっと後ろの大きな背景を話してくださった。この三者の教え方の違いが、私の中ですごく役に立ってるわね。

 

 

―ピアノをやり続けるのって本当に難しいと感じます。弾きたい曲はたくさんあるけれど。

人前で弾ける位にレベルの上がった曲って全体の1%くらいしかないの。だから残りの曲は毎日初見で弾いていればいいのよ。弾いてない曲をどんどん引っ張り出してきて弾くの。そうすると衰えそうな初見力が、ある程度のレベルから落ちないでいられるから。

―音楽は下りのエスカレーターに乗っているようなもので、維持するだけでも大変だって聞いたことがあります。「そうなの?」って思ってたんですけど(笑)

常に勉強して動いてない限り、どんどん落っこちちゃいます。
金箔知ってるでしょ?1ミリの何十分の一にもたたいて薄く延ばすわよね。私、金箔練習って言ってるんだけど、一日一枚ずつこの薄い金箔を重ねていくの。1回だけしか弾かないんだけど金の練習をする。ピカピカに輝いてる演奏。銀でも銅でもなく、金の練習。それを毎日地道に続けると、いつの間にか1ミリの金になってる。それが3ヵ月後に夢開くか、3年後になるのかわからないけど、私は小さい子供達にそういう練習をさせたいの。

 

―私は手が小さくて10度いかないんですよ。今、先生のお話を伺いながら手を見せていただいてたんですが、大きさは私の手とあまり変わらないですよね。

あのね、使い方次第なのよ。人間の手ってゴムみたいに伸びたり縮んだりするからね、使ってるうちにどんどん伸びるの。前にもお話したけれど、私60歳前に1度伸びたのよ。そうそう、これ条件なんだけど、親指とひとさし指で1オクターブとれる?

―やったことないですけれど・・・

お風呂に入った時でもいいから、伸ばす練習やってみて。私もまだ発展途上ですから。

―先生にそんなこと言われたら・・・。 
でも今回は先生から色々なお話を伺う事が出来て、本当にたくさんのエネルギーをいただきました。

私はエネルギーがありすぎるから、生徒さんがみなアップアップして帰りますよ。いろんな要求するもんだからね、「先生、もうギブアップ!」って。50代の生徒さんなんかはね、「先生、お願いだからここでやめて下さい」って(笑)。でもやっぱり、命燃えてないと、人に教えられないのね。だからいつまでも発展途上でいたい。芸術に終わりはないの。死ぬ1分前まで発展途上でいたいわね。可能な限り。

 

3回に亘って連載してまいりました佐々木弥栄子先生による「音楽のはなし♪」、いかがでしたか。

やさしく穏やかな口調でありながら、溢れ出んばかりのエネルギーを秘めた先生のお話。その穏やかな話し方の裏に隠された、先生のこれまで続けて来られた努力を思うと、ただ頭が下がる一方で、何もコメントできなくなることもしばしば。そんな私達スタッフの緊張をほぐすように、さりげなくお茶を入れて下さったり、「86%のチョコを食べると、疲れが取れるのよ」と、お菓子を勧めて下さったりと、常に笑顔でお気遣いくださる先生。そんな先生のお人柄が、今回取材をさせていただいた中で一番強く印象に残りました。先生の、常に自分に厳しく接し、どんな事があっても全てプラスのエネルギーに変えていこうとする姿勢。今回の連載では紹介しきれませんでしたが、お母様とのエピソードとしてこんなお話もしてくださいました。

「私はね、自分で自分に厳しく要求するんですよ。いろんな事をね。ダメ出しをいっぱいしすぎるわけね。で、リサイタルの前日に『もうダメ、疲れちゃった』ってギブアップして、次の日の本番でしおれた花みたいになっちゃう。何回かありましたね、そういう事が。そしたらある時に母がね、『いいよいいよ、私、今から甲州街道に行って車に飛び込むから。そしたら今日の演奏会キャンセルしてもいいだろ』って。その時、いやいや母を殺してまで演奏会をキャンセルすることはできないと思い直して、一生懸命やりましたよ。それでその日の演奏はうまく行きました。」

常に一番近くで見守ってくださっているお母様、辛い事や苦しい事も一緒に感じてくださるお母様だからこそ、おっしゃれる言葉なんでしょうね。決して簡単に真似出来る事ではないですが、少しでも先生に近づけるよう、私達も努力しなければと強く感じました。

 

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