| オペラファンの皆様が待ちに待った
BRAVO!企画“ピーノのオペラを3倍楽しむ講座”第1回 が開講されました。
案内人は松谷和紀先生こと、ピーノ先生。
参加者の皆様をオペラの起源を知る旅へと誘って下さいました♪
「オペラ」という単語はみなさんもご存知のようにイタリア語。
辞書で調べると「事業・仕事」、「作品・著作」という意味を持っています。
語源はラテン語の“opus”の複数形主格“opera”に由来しているんですね!
今日、皆さんが目にして耳にしているオペラって、歌劇場だったり、舞台だったりで、歌い手がソロを歌ったり、重唱を奏でたり、合唱があったり。
でも、もともとは語源が示しているように“(音楽)作品”を示しています。
「当時、演劇はこんなところで歌われていたんだよ。」と、ギリシャの古典音楽を流しながら資料を見せてくださるピーノ先生。
オペラの発祥は・・・?
それを知るにはピーノ先生とルネサンス後期まで遡りましょう!
16世紀末、フィレンツェでオペラの基盤を作った人たちがいます。
ジョヴァンニ・デ・バルディ伯爵を中心に、ガリレオ・ガリレイの父親ヴィンツェンツォ・ガリレーイなども含んだグループがありました。
そのグループの名は“カメラータ・フィオレンティーナ”。彼らは「古代ギリシャの演劇は全て歌によって演じられていた」と考えました。
ギリシャ悲劇を模範として「歌のような台詞を用いた演劇」というものの復興、つまりは「再生・復活」。
ん?
イタリア語で?!
そう、“rinascimento(リナシメント)”。あぁ、だからルネサンス!!
<参考>
ヤコポ・ペーリの作品『ダフネ』・『エウリディーチェ』
クラウディオ・モンテヴェルディの作品『オルフェオ』
など。
そして18世紀に掛けて南イタリアはナポリでその形成を確立したのです。
歌い手にもより充実したテクニックが求められ、ソロの部分、つまり「アリア」が重要視されるようになり・・・・。
衣装や舞台装置もだんだんに複雑できらびやかなものとなって・・・。
『オペラ劇場』は王侯貴族や富裕な市民の社交と娯楽の場としても発展していったのです。
ただ・・・。その裏には悲しい出来事も。
ピーノ先生:「カストラートって知っていますか?」
ボーイ・ソプラノを維持するために去勢された歌手のこと。
カストラートの中でも伝説的な人物はファリネッリ。
その人生を壮絶に描いた映画があります。
バロック調の荘厳な絵巻に仕立てた人間ドラマ、ジェラール・コルビオ監督の『カストラート』。
ピーノ先生:「この時代をイメージするのにとっても良い資料です。是非、観て下さいね!」
ピーノ先生は実在した最後のカストラートと呼ばれる方の録音資料を聴かせてくれました。
!!
とっても繊細で高く美しい声が・・・。
なんと、80歳を迎えたおじいさんの声だそう。
女性歌手の歌声とも比較。もしかして、カストラートのほうが女性らしいの声なのでは!?と、私達、興味津々でした。
当時のオペラは、後に「オペラ・セリア“Opera Seria”(シリアス・オペラ=正歌劇)」とよばれる形式にのっとっていたそう。
題材は「ギリシャ神話」に求められることが多いようです。
<参考>
ペーリやモンテヴェルディら多数の作品『オルフェウスとエウリディケ』
モンテヴェルディの作品『ポッペアの戴冠』
モーツァルトの作品『皇帝ティトゥスの慈悲』
など。
これに対し、もっと世俗的な内容の作品が誕生。「“Opera Buffa”(喜劇オペラ)」。
もとは、3幕もののオペラ・セリアの幕間劇として演じられたコメディ。
それが独立して規模が拡大したものをオペラ・ブッファと呼ぶようになりました。
<参考>
ペルゴレージの作品『奥様女中』
チマローザの作品『秘密の結婚』
と、講座で取り上げた内容を(本当に)ざっとですが振り返ってみました♪
今回、参加できなかった方。是非×2参考にしてみてくださいね。
次回は19世紀前半のイタリア・オペラ・ツアーが待ってます!
今回の参加者の年齢層が非常に若いことに先生が驚いていらっしゃいました。
そして、ほとんどがカンタンテ(歌い手)さんだったのです♪
ピーノ先生自身もオペラ歌手。
講座が終わった後も、オペラの話題に尽きず、もしかしたら講座よりも長い時間盛り上がってしまったのでは!?(笑)
歌い手でなく、オペラファンの方にもとっても楽しんでいただける講座です。
ピーノ先生ワールドに是非触れてみてください♪
講座は2回目からでもお楽しみいただける内容になっています。どうぞご参加下さい。
第2回のご案内はこちらから!
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